
非常に美しいこのカラー画像は、昭和24年の東京でおそらく米軍関係者によって撮影された日本劇場(通称:日劇)です。 位置的には現在の数寄屋橋対岸から有楽町マリオン方面に向けて撮影したものでしょうか、昭和8年竣工の建物は戦前の着色絵葉書などにも数多く残っており、当時の東京を代表する有名建築物でした。 戦災とGHQによる接収を免れた劇場は、そこだけを見るととても戦後4年目の東京とは思えない美しさですが、これはモノクロ写真でなく鮮明なカラー画像の効果によるところ大だったりします。
この画像は、朝鮮戦争当時に米海軍横須賀基地へ配属されたある水兵が、日本を含めた極東地域で個人的に撮影して本国へ持ち帰った、100枚以上のカラースライドから選んだ1枚ですが、箱に収められ大事に保管されてたおかげでしょうか、60年経った現在でも発色の抜けがほとんどなく、ほぼ無加工無修正でファイル化することが出来てしまうほどです。

劇場の表看板を拡大してみました。
スライドをデジカメのマクロモードで接写しているので紙焼きほど鮮明にはなりませんが、それでもこの時に公演されていた演目は判明します。 "エノケンの無茶坊辨慶" ちなみに辨慶は旧かなで、今でいう弁慶のこと。 その演目で検索をすると…
"エノケンの「無茶坊弁慶」(12景) 日本劇場 1949/10/11-28"
公演の演出・脚本・音楽を担当された三木鶏郎氏の資料館ページから、49年(昭和24年)10月11日〜28日までの公演期間の情報が得られました。ということはこのフィルムの撮影時期も、おのずとその期間内になるというわけです。ひょっとするともう少しきちんと画像を作れば、三木氏の名前も看板に表記されているかもしれないですね。

こちらは日本劇場の隣に存在した旧朝日新聞社社屋を数寄屋橋側から撮影したもの。昭和2年竣工の本建築物も取り壊され現存していないので、鮮明なカラー映像は貴重だと思います。それと、今この場所から定点撮影をしたくとも、おそらく首都高速の高架橋が立ちはだかり不可能でしょう。

東京興行株式会社(東京テアトル株式会社)による、昭和21年開館の映画館テアトル銀座。詳しくはわからないのですが、現在の銀座テアトルビルあたりになるのでしょうか。 看板に描かれた映画"ターザンの怒り"が日本で配給されたのが1949年(昭和24年)10月、日本劇場の公演時期とぴったり一致します。
とりあえず3枚ほど東京の有名どころの景色を抜粋してみました・・・が、実はこのスライドの元所有者の水兵が横須賀基地へ配属されたのは撮影年の3年後、1952年後半あたりからだったようで時期的に一致していないのです。おそらく仲間内でスライドを交換等したとか、絵葉書などでよくある東京名所シリーズのような記念品として外国人向けに売られていたスライド集だったとか、国会議事堂や皇居の御堀や日本庭園など、あまり個人撮影には見えないようなスライドが何枚かあるのみなので、もしかすると日本人が知らないだけで複写されたカラースライドが米国本土にはまだまだ沢山眠っているのかもしれません。
なお、一連のスライドロットで東京を撮影したものは8枚程度しかなく、他のほとんどが米海軍横須賀基地とその周辺となります。 朝鮮戦争当時の基地内ということで、大量の軍艦や軍施設がフィルムに収められているのですが、そちらは次の機会に〜ということで。
せっかくだから現在の有楽町に行き、同地点・方向からデジカメ撮影をしてみたく思ったのですが、そうすぐに行けるほど距離は近くありません。なのでネットからこれに近い場所を撮影したホームページ等ないかと探してみたら、ほぼ同方向から新旧に加えて日劇と朝日新聞社社屋が並ぶ写真を掲載したブログを見つけました。こちらは反対側から2つの建物が写った日劇閉館直前時代の画像があるブログ。
さすが有名どころだけあって、少しGoogleで探すだけであらゆる写真や戦前を含めた絵葉書まで出てきます。昔なら個人が何か調べようとしてすぐに見れるものといえば、せいぜい家の百科事典か図書館に行くくらいしかなかったのですから、本当に便利で手軽な時代になったものです。
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