2009年07月18日

JR横須賀駅の60年前

なんという偶然か、今日この日記を書こうと下調べのためにネット検索をしていたら、僅か1ヶ月ほどの差で同じモノを題材にしたブログを発見! 写真も年代も場所も共通しており、早速そこへトラックバック(TB)を貼ろうと思ったのですが、相手側がTBを受け付けてないのでリンクとコメント欄でお知らせしたいと思います。

b206a.jpg
1953年国鉄(現JR東日本)横須賀線横須賀駅ホームより海側を写した画像です。年代は1953年(昭和28年)で、当時日本に駐屯していた米海軍の将校が撮影したものです。
写っている2台の小型機関車は"国鉄B20形蒸気機関車"で、戦時中に規格・設計され44〜46年までに15台製造された、どちらかというと構内で貨車の牽引や入れ換えなどを行う作業用の雑役車輌みたいなものです。歴史やスペック等についてはこちらのWIKIに詳しく載っています。
画像の2台は左から20-8号20-6号で、横須賀米海軍基地の貨車入換作業用として配置されたもの。 ここから引込み線を通り長浦の倉庫街などを往復していたのでしょう。 ちなみにB20は現在、20-1号が北海道旧万字線朝日駅で静態保存、20-10号が梅小路蒸気機関車館で動態保存されており、画像の6・8号は残念ながら廃車となっています。

b206b.jpg
2009年7月撮影
年月の経過で地形や建物が変り、なかなか"ここだ"という場所を特定できなかったのですが、後方の山と吾妻島の位置、駅舎の柱の位置からおそらくここが撮影場所だと思います。
上写真にはまだ残っていますが、戦時中から戦後しばらくの間(つい最近?)まで、構内と港の境界線には高さ2mほどのコンクリート塀が建てられており、このあたりからヴェルニー公園の端まで、港湾作業や軍艦等の機密物を見られないよう目隠しがされていました。戦前・戦中など、駅構内での出会いや別れの際に記念写真など撮ろうものなら、途端に憲兵が駆けつけてきてカメラ没収…くらいならまだマシで、スパイ容疑で憲兵詰め所に引っ張られかねなかったでしょう。 そういう理由もあって、この付近の地図や写真は昭和初期から戦中にかけての資料が極端に乏しく、皮肉にも敗戦後進駐した米軍によって写真や映像が大量に記録され、軍港都市の秘密のベールが剥がされることになるわけです。

b206e.jpg
かつてヴェルニー公園前にもあったコンクリート塀は戦後の自由化により取り壊され、現在至近から確認出来るのは横須賀駅脇の駐輪・駐車場の境界として使われているここのみとなりました。確かにこの塀によって、その先にある自衛艦が停泊する吉倉桟橋方面が見えなくなっており、当時の日本人の平均身長を考慮すると、今よりもっと高くそびえ立ち威圧的に見えたことでしょう。


さて、本来なら当記事はここで終了するはずだったのですが、まずはこちらのリンク先をご覧ください。
DRFC-OB掲示板 2009年6月4日
なんと、私がこの記事を書く1ヶ月と少し前に、まったく同じ機関車を撮影したブログがあったのです。しかも画像と同じ1953年撮影・横須賀駅のB20-6号車!
b206d.jpg
リンク先の画像と比較すると車体の傷の位置まで完全一致します。まぎれもなく同じ機関車の同じ年の姿が、60年を経て僅か1ヶ月の誤差で、ほぼ同時にネットに出てきて公開されたことになります。 偶然とはいえ、これはほとんど奇蹟のようなものです。
b206c.jpg
文字の判読が難しかったのですが、リンク先のキャプションにより立山重工業製ということが判明しました。

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10/11/20 追記
さらに新たなB20のカラー画像が発見されました。

B206.jpg

これもB20-6号車で、やはり現JR横須賀駅にて撮影されたもの。 1952〜53年あたりと推測され撮影年代も非常に近く、こちらの方はDRFC-OB掲示板の写真にあった後方の建物も写りこんでいます。

posted by acj@管理人 at 09:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 横須賀の歴史
この記事へのコメント
このB20は横須賀駅から臨海公園(現ウェルニー公園)沿いを通って国道16号に突き当たったあたりから曲がって基地の中に入っていく引き込み線でも使われていました(引込み線の痕跡は、まだ確認できると思います)。1950年代後半には煙突に回転火の粉止めを装着しているものもあり、細長い煙突の上に皿のような火の粉止めが載っているのは珍妙で面白く良く記憶に残っています。停車位置は写真の位置の線(1番線、いわゆる便所ホーム線)に駐機していることが多く、この線にはB20が姿を消した後にも長い期間にわたってアッシュピットが残っていました。
Posted by 01175 at 2010年05月07日 05:20
>引込み線の痕跡
現ヴェルニー公園から引込線の痕跡を探すのは、そこにあったと当時の様子を知っていないとかなり難しいですね。 私はショッパーズ付近に90年代まで残っていた、敷地跡をよく歩いた記憶はあるのですが、地元で見慣れたありふれた光景だと写真に残すという概念がなく、素通りしているうちに消えてしまいました。
あの近辺だと、新井閣なんかがほぼ同時期に消滅したのですが、10年以上も経つと当時の記憶も薄れつつあり‥ 写真に残しておかなかったことが本当に悔やまれます。

ttp://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/55284289.html
素晴らしい! まさにこの写真の頃によく遊びに行ってたんですよね。
Posted by acj@管理人 at 2010年11月20日 09:03
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