2012年05月25日

閉店後の西友横須賀店

先月、2012年4月30日に閉店となった西友横須賀店ですが、来月6月には早くも建物の取り壊しが始まるとの情報を聞きつけ、ぐずぐずしてさいか屋の時のように取り壊し直前の写真が1枚もない状態となる前に、カメラ片手に横須賀中央へ撮りに行ってきました。

横須賀西友01.jpg
5月6日撮影
1階の眼鏡屋さんだけがまだ営業していたみたいですが、それ以外はすでに全店舗シャッターが降りて、あとは取り壊しを待つばかり・・・ 来月にはまずアーケードが取り外され、高い塀が建物を取り囲み解体が始まるのでしょう。
西友には今年2月くらいまで、地下の食品売り場や5階でペットフードを買いに行っていたのですが、子供の頃よく両親の車で来ていた、屋上駐車場へ行かなかったのだけが唯一心残りとなってしまいました。

横須賀西友02.jpg

横須賀西友03.jpg
店の入口にはまだ西友の看板が残っており、撮影はぎりぎり間に合いました。 ちなみに今週通りかかった時に同じ場所を見たら〜

横須賀西友04.jpg
西友の痕跡を残すものは、屋上の看板以外すべて取り外されていたので、あと1週間来るのが遅かったら写真に残すことが出来なかったと思われます。 でも現在はネットが普及しているおかげで、もし私が撮影し損なっても、別の誰かがブログ等で同じように写真を公開してくれてたりするので、かつてのEMクラブや臨海公園のように、まるっきり画像が見つからないという事態は避けられるのが有難いですね。

横須賀西友08.jpg
古いファイルフォルダの中に、2009年に豊川稲荷から撮影した西友の写真が残っていました。 3年後には眼前を38階建ての高層ビルが塞いでしまうので、大勝利山から見晴らしの良い市街地の景色を楽しめるのもあと僅かです。


とりあえず記事はこんなところで〜
取り壊した西友の跡地には、2015年12月完成予定で地上38階・地下2階の複合商業施設が建つらしいですが、高さ140mとなると背後の大勝利山よりもさらに高くなり街の景色も一変することでしょう。 3年後、もしまだ当ブログが残っていたら、記事の写真と新しいビルの写真を並べて併載してみたいですね。


■ おまけ

西友の写真を撮っていてふと反対側を見ると、三笠ビル商店街が〜

横須賀西友05.jpg
1区画きれいさっぱりと取り壊されていて、そのあまりに見事な抜けっぷりに思わず1枚パチリと撮ってしまいました。
思えばこの部分、前に別の目的で比較写真を撮った時にも、窓枠が1箇所だけズレていて「変なデザインだな?」と、気にはなっていたんですよね。

横須賀西友06.jpg
ご覧のようにSoftbankショップの左隣1区画だけ、後から付け足したように窓枠がズレているのです。

横須賀西友07.jpg
このズレは、隣に丸井横須賀店のビルが建つ前の1975年以前から存在していたので、おそらく三笠ビル商店街が完成した1959年から10年くらいの間に、ズレてしまった何らかの理由があったのだと思われます。



2016年2月9日追記
3年半後、跡地に建てられたタワーマンションを比較撮影しに行ってきました。

続・閉店後の西友横須賀店(跡)
posted by acj@管理人 at 08:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
この豊川稲荷さんのあたりに「ヨコスカのマチュピチュ」と言われる(?)遺跡があります。近隣の方の御迷惑になると思うので行き方は御説明できませんが、私が子供の頃、諏訪小学校の生徒であれば、みんな知っていたと思います。

「中央会館」という戦前あったビアホールの跡で、立派な人工の滝や橋のかかった大きな池のある和風庭園が残っています。戦前の東郷通りの中ほどから階段を上がって行って出入りしたそうですが、「中央会館」の廃業後、この階段が削り取られてしまったので空中庭園になってしまいました。

「東郷通り」が「三笠通り」になってからも「中央会館入口」の小さな看板だけは残っていたのですが、いつのまにか無くなってしまいました。
Posted by 01175 at 2012年05月27日 08:12
今見てふと気がついたのですが、画像に写ってる三笠通り前の木は同じ木でしょうかねぇ。 だとすると約40年でここまで立派に成長したのだし、出来れば道路挟んだ反対側の木も、西友取り壊しの際に邪魔だからと、安易に切り倒さず残して欲しいのですが・・・。

>立派な人工の滝や橋のかかった大きな池のある和風庭園が残っています。
そもそも大滝町というくらいですから、あのあたりに滝があったであろうとは推測していましたが、もしかしてその滝が町名の由来でしょうか? 地形的に自然の滝が大勝利山から湧き出してるようには見えなかったので、不思議には思っていたんですよね。

>中央会館入口
三笠通りは、みかさ銀座だった頃に両側の入口から撮った写真が2枚あるのですが、残念ながら該当する看板は見当たりませんでした。
Posted by acj@管理人 at 2012年05月27日 15:32
中央会館の滝は全くの人工滝で戦前の稼働時にはポンプで水を循環させていたようです。「大滝町」の名がそれに因んだ滝ではありません。中央会館の看板は三笠通りの中ほどにあった豊川稲荷の崖下に抜ける通路のところにありました。この通路を抜けて階段をあがり中央会館へ昇ったということです。

私も、大滝町の名の元になった滝がどこにあったのか想像がつきません。

この通りの並木は40年くらい前はポプラだったと記憶しています。たしかアメリカシロヒトリの大発生で枯死したので植え代えたのではなかったかと思います。

Posted by 01175 at 2012年05月27日 23:13
>三笠通りの中ほどにあった豊川稲荷の崖下に抜ける通路
通路沿いにおもちゃ屋のあったあそこですか。 私の記憶では少なくとも1970年代後半からしかないので、その頃にはもうとっくに撤去されていたのでしょうね。

大滝町の由来になった滝は、大正期の畠山絵葉書の大滝町通りにも、明治時代に撮影したその辺りの場所と思われる鶏卵写真でも確認出来ませんでした。
Webには、三笠ビル商店街を建設する際に滝壺跡が・・・など書かれているブログもありましたが、やはり正確な場所はわからないみたいですし、この件は市史編纂課の方に今度尋ねてみることにします。
Posted by acj@管理人 at 2012年06月01日 17:40
「おもちゃ屋(小川)」と「模型屋(野原)」の間にある通路ではありません(これは現在でも立派に豊川稲荷の参道ですよね)。さいか屋の方から行くと、新●薬局の手前にある通路が中央会館へ行く看板のかかっていた通路です。

三笠ビルを建設する際に滝壺痕が・という記事は私もみましたが、この中央会館の人工滝のことを言っているのではないかと思います。冬枯れの時期には、現在でも三笠ビルの上階から、この滝を見ることができるのではないかと思います。

Posted by 01175 at 2012年06月01日 23:28
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