2014年03月09日

横須賀の今と昔(12) ティボディエ邸

企画展「よみがえるあの時の横須賀」の開催期間中ということで、当ブログの"横須賀の今と昔"記事を、開催期間に合わせて投稿してみることにしました。

というわけで今回は、2003年に移築のため解体保存されたものの、市の財政難などの事情から10年以上経った現在も再建の目処が立っていない、ティボディエ邸を取り上げてみたいと思います。
まず横須賀といえば、幕末の製鉄所建設から現在の米海軍基地に至るまで、軍港とともに発展・繁栄してきた、軍港とは切っても切れない地域なのですが、だからといって市が軍事に関連する物や遺構を保存することに積極的かといえば、近年の元軍施設や軍事遺構の扱いを見る限り、かなり疑問が残ると言わざるを得ません。 ティボディエ邸については、一昨年前あたりから地元市民の有志が集って、早期再建の実現に向けて、市役所や市議会へ積極的に働きかけているそうですが、これも果たしてどうなることやら…。 なにしろこういう前歴のあるお役所が絡む事業ですから、完成したティボディエ邸の軍港資料館から、いつの間にか第二次世界大戦と帝国海軍に関連するものが勝手に排除されてた 〜なんてことにならないことを祈るばかりです。

さて、東日本最古の洋風建築物といわれるティボディエ邸は、旧横須賀製鉄所副首長官舎として1869(明治2)年頃に建築され、終戦後も2003年に解体されるまで米海軍基地の片隅に存在し続けていました。 そこで私のコレクションの中にも、もしかすると誰かが撮影したティボディエ邸の写真があるのではないかと、探してみたところ…
ティボディエ邸1.jpg
1枚だけですが、丘の下から撮影したティボディエ邸のカラーフィルムを見つけました。 もっとも撮影者は桜を撮りたかっただけで、そこに偶然写り込んだだけなのかもしれませんが…。
フィルムにキャプションはないのですが、撮影年代はおそらく1955〜56年(昭和30年)頃、桜が満開なので季節は3〜4月で間違いないでしょう。
ちなみに、Googleマップで現在の撮影場所を確認すると〜

右の青いマーカーがティボディエ邸のあった場所で、撮影者は左の人マークの位置からカメラをマーカーの方へ向けて撮影しています。 画像中央に写った長い階段も現存しているようです。

ティボディエ邸2.jpg
対岸の高台から撮影した、2009年のティボディエ邸の跡地周辺。
老朽化が進んだティボディエ邸を解体した後は、特に何かの目的で使われることなく、そのまま更地となった高台だけが今も残されているようです。 フィルムの中で満開の花を咲かせていた、桜の木も残っているのかな?
posted by acj@管理人 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 横須賀の歴史
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