新年明けましておめでとうございます。
ここン年、ほぼコミケの告知だけとなってしまった当ブログですが、今年こそは少しでも他の記事も増やそうと頑張ってみようと思います。
というわけで、2026年初記事は久しぶりの昔の横須賀関連で投稿。まずは写真を御覧ください。

ここン年、ほぼコミケの告知だけとなってしまった当ブログですが、今年こそは少しでも他の記事も増やそうと頑張ってみようと思います。
というわけで、2026年初記事は久しぶりの昔の横須賀関連で投稿。まずは写真を御覧ください。



これは横須賀市の塚山公園にある安針塚、三浦按針の墓と伝えられますが、実際は埋葬墓ではなく供養塔らしいですね。
三浦按針(本名ウィリアム・アダムズ)は、徳川家康の政治・外交顧問として仕え、現在の逸見町周辺に領地を持っていたことから、彼の没後この地に供養塔が建立されたのでしょう。向かって右が按針の墓で、左がその妻の墓となります。
さて、この安針塚。アダムズが亡くなった1620年から間もなくして、彼の遺言によってこの地に建てられたと伝えられますが、江戸時代を経て明治となった1870年頃になると、墓所に詣でる人もほとんどおらず荒廃していたようです。
そんな忘れられた安針塚ですが、幕末に開港した横浜の居留地のイギリス人を中心に、1872(明治5)年頃から日本におけるアダムスの痕跡探しが始まり、再び注目されることとなります。なかでも横浜で貿易商を営むジェームス・ウォルタースは、発見した安針塚とその周辺の荒廃した現状を嘆き、度々訪れては私費を投じて修復をしていたそうです。1874(明治7)年、そのことを知った当時横須賀にあった富士山ホテルの経営者、安西善六は50円(現在の約200万円相当)もの資金を提供し、ウォルタースの修復活動を支援したといいます。
前置きが長くなりました、そこで今回の本命となる写真です。

これは去年、フランスの業者から売りに出た彩色鶏卵写真ですが、見ての通り安針塚を正面から撮った写真ですね。だがよく見てください、按針と妻の供養塔の位置が逆、右の石灯籠は火袋部分が無くなっていたりと、どうも今の安針塚とは様子が異なっています。
特に注目すべきは右奥に設置された墓碑?でしょうか、読みにくいですが拡大すると上の方に〜

W.ADAMS TOMB - W アダムスの墓
RENOVATED Jani 187? - 187?年1月改装
残念ながら最後の一桁が石灯籠に隠れて見えませんが1870年代に改装された三浦按針の墓とわかりますね。石碑の下の方にはin charge(改装責任者)として安西善六(ともう1人は不詳)の名前が確認できます。
ということは……もうおわかりでしょうが、これは1874(明治7)年に安西善六が資金提供してウォルタースとともに改装した安針塚の写真という可能性が高そうなのです。おそらく見えない一桁の数字は5で、翌年の1875(明治8)年1月改装と彫られているのかもしれません。
なおこの墓碑ですが、私の知る限り今の塚山公園で見つからないのですが一体どこに置かれているのか……もし知っている方がいましたらコメント欄にでも書いて頂ければ幸いです。
その後、安針塚は幾度かに渡って改装されますが、1902(明治35)年に日英同盟が締結されたことを契機に大改修が行われ、1906(明治39)年12月に現在の塚山公園の原型が誕生しました。この大改修で土台の石積みや供養塔の位置(改修前は葉山方向を向いていたらしい)が今のように変わったのでしょう。

W.ADAMS TOMB - W アダムスの墓
RENOVATED Jani 187? - 187?年1月改装
残念ながら最後の一桁が石灯籠に隠れて見えませんが1870年代に改装された三浦按針の墓とわかりますね。石碑の下の方にはin charge(改装責任者)として安西善六(ともう1人は不詳)の名前が確認できます。
ということは……もうおわかりでしょうが、これは1874(明治7)年に安西善六が資金提供してウォルタースとともに改装した安針塚の写真という可能性が高そうなのです。おそらく見えない一桁の数字は5で、翌年の1875(明治8)年1月改装と彫られているのかもしれません。
なおこの墓碑ですが、私の知る限り今の塚山公園で見つからないのですが一体どこに置かれているのか……もし知っている方がいましたらコメント欄にでも書いて頂ければ幸いです。
その後、安針塚は幾度かに渡って改装されますが、1902(明治35)年に日英同盟が締結されたことを契機に大改修が行われ、1906(明治39)年12月に現在の塚山公園の原型が誕生しました。この大改修で土台の石積みや供養塔の位置(改修前は葉山方向を向いていたらしい)が今のように変わったのでしょう。

というわけで、新年ひとつめの投稿はひょっとすると貴重かもしれない?明治初期に改装されたと思われる安針塚の写真を紹介してみました。この調子で最低月イチくらいで何か記事を投稿出来れば良いけれどなぁ。
































