2016年04月24日

忘れられた案内板

横須賀日の出町のとある場所……

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歩道に沿って並ぶ色とりどりの看板。
普段何気なく通っていると気が付きにくいかもしれないが、ちょっとだけ周囲を意識して見渡すと、それが視界に入ってくるかもしれない。

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周囲の看板やノボリとは明らかに違う、旅館と寿司屋の案内板。
長いこと放置され年季の入ったその風貌。支柱は錆びて傾き、かつて電柱から供給されていたであろう電線も切れ、かなり以前に電飾看板としての役目を終えたのだろう。

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実際、矢印の指す方向の路地を辿ってもひっそりとした住宅街が続くだけで、旅館ハトヤや笹寿しはどこにも見当たらない。

後日ちょっと気になって調べたところ、旅館ハトヤは路地の右手の電柱あたりに、少なくとも昭和30年代から存在していたことがわかった。そして旅館の建物自体、おおよそ5〜6年前まで残っていたらしい。旅館跡地に建てられた住宅が比較的新しいのもそれを物語っている。

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路地をもう少し奥まで歩くと、消えた笹寿しと入れ替わり……というわけではないだろうが、最近の幕末歴史ブームにあやかったような店名の焼鳥屋が営業していたのが印象的だった。

というわけでこの案内板、数年前に旅館と寿司屋が廃業した際になぜか撤去されず、今に至るまでそのまま残ってしまったようである。おそらく支柱が道路側にあるため、その後も民間で勝手に撤去出来なかったのかもしれない。

その、色褪せ周囲から浮いた姿は、かつて昭和の時代からの置き土産みたいに見えるのは私だけだろうか……

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そして今日も、案内板は存在しない店を指し続ける……



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2016年02月09日

続・閉店後の西友横須賀店(跡)

2012年4月30日に閉店した西友横須賀店の記事を書いてから3年半、まだ周辺歩道などの整備が終わっていないようですが、跡地に建てられたタワーマンション「ザ・タワー横須賀中央」を何枚か撮ってきました。

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1月21日撮影
2012年の日記とほぼ同じ場所から撮影した2枚です。工事の邪魔になって撤去されるかなと思っていた歩道の並木は、中央の1本が伐採された以外は残されたようですね。かつての西友の入口だった場所はファミリーマートが営業していました。ちなみに反対の裏口だった場所は、大和証券がテナントとして入ったみたいです。

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1月1日撮影
2012年の日記と同じ場所、豊川稲荷から撮影したのですが、予想通り景色が一変して市役所もタワーマンションの影に隠れてしまいました。
見比べると、下のテナントビルがちょうど昔の西友くらいの規模になるのかな。まだ中に入ったことはないのですが、どうやら最初に聞いてたテナントビル全体が病院にはならず、1・2階はコンビニやレストラン、ドラッグストアが入っているみたいです。ただ、かつて西友の地下にあったようなスーパーマーケットはなさ気な感じで少し残念……まぁ三笠通りの商店街があるから、無理に大型スーパーを誘致しなくてよかったかなという気はしてますです。

では、短いですが今日はこのへんで〜
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2016年01月07日

謹賀新年&C89を終えて

ぎりぎり松の内に間に合ったか。
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
今年もコミケを中心にボチボチと活動を続けていきますので、どうか宜しくお願い致します。

さて……

去年の冬コミケ2日目は例年より一般参加者が多かったようで、私がいるメカミリ島も午前中から沢山の人が来てくれまして、おかげさまで相方の新刊は13時を待たずして完売!私の方も持ち込んだ2/3が売れる好調ぶりでした。12/30に当サークルスペースまで来てくださった皆様には厚く御礼申し上げます。
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前回日記で懸案にしていた会報も前々日に原稿が一応完成したので、会場で無事頒布することが出来ました。
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今回、印刷にあたって初めてセブンイレブンの小冊子印刷機能を試したのですが、これが超スグレモノでして。あらかじめ作ったページファイルを連結PDFで順番に並べてUSBメモリで持ち込めば、あとはコピー機の方で面付けして両面コピーまでしてくれるという有能ぶり!
おかげで自宅の製本作業が折ってホッチキスで留めるだけと簡略化されたので、コピーもなんとか間に合い、なおかつ当初の予定より2倍程度の部数を持ち込むことが出来ました。

この会報、まだ不確定の情報が色々と残っているのですが、とりあえずは冊子として発表できたので、読んで頂いた方々から指摘や訂正等もらえれば、更に精度の高い改訂版として作り直してもいいですね。

◆◇◆◇◆◇◆

そんなこんなで12/30のコミケも無事終了して新年です。

今年はいくつかの地元神社へ初詣に出掛けましたが、どうせ初詣をするならうちのサークルっぽい巡り方をしようと、神社を題材にクイズっぽいプチ今昔写真比べをやってみました。

まずは1枚目
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昭和13年

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まぁこれは写真にズバリそのものが書かれてるからクイズにもなりませんね。
偶然ですが、私が行った時に海上自衛官のお偉いさん達が参拝に来ていまして、奇しくも2つの写真で新旧海軍繋がりとなりました。

次〜

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昭和20年9月

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社殿自体は変わっていませんが、増築された社務所や灯籠の位置、背後の地形などが変わっていて時代の流れを感じさせます。なお、この近くに終戦直後からしばらく米軍の高級将校が使っていたという、庭園付きの高級住宅あるいは別荘があったらしいのですが、いまだに正確な場所がわからないです。
それらしき写真は何枚かあるので、いずれこれも調査と……

とまぁ、これだけだと地元民ならクイズにもなっていない気がするので、最後に一切ノーヒントでこちらを〜

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昭和23年

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写真は去年のVショーで見つけた、アルバムから切り離された台紙に貼ってあった中から1枚を選びました。背後の灯籠やソテツなんかがそのままですね。



では、本年もサークル「ゆめみ〜あい別館」を宜しくお願い致します。


posted by acj@管理人 at 10:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2015年08月29日

諏訪公園に置かれた謎の鉄板

横須賀の諏訪大神社に併設された諏訪公園には、いつ誰が何の目的でそこに置いたのかわからない謎の鉄板の存在が知られていました。 その由来はどうやら神社や横須賀市でも把握してないらしく、手前の最近横須賀市が設置したプレートには「以前は近くの緑が丘高校入口付近にあったこと」「戦艦三笠の鉄板ではないか」くらいの情報しかありません。
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ご覧のように厚さ2センチ程の鉄板にはリベット穴が多数あり、砲弾が直撃したような割れ目などから見て、日露戦争の海戦で損傷を受けた装甲板の一部に見えます。ちなみに本物の戦艦三笠の装甲板は、埼玉県飯能市の東郷公園 秩父御嶽神社に一部が奉納されており、それと見比べてもリベット穴や弾痕がこの鉄板とよく似ているのがわかります。 戦艦三笠の被弾甲板(Google画像検索)
ともかく、ただの鉄板もしくは装甲板の残骸を学校や神社のような場所に意味もなく展示するわけはなく、やはり奉納(戦利)品もしくは教育目的で置かれたと考えるのが妥当でしょう。 さらに鉄板の形状や、現在その由来を知る人がどこからも出てこない状況から見て、昭和以前の日露戦争時代のものと見て間違いなさそうです。


というわけでこの鉄板、私も以前から気になって何度か写真に撮ったりして憶えていたのですが、先日なんとなく古い写真帖をパラパラとながめていた時、この1枚を見てなぜか急にその鉄板を思い出したわけです。
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写真は明治期の横須賀海軍機関学校の敷地に展示された、日露戦争の戦利品「降伏露艦アリヨール(オリョール)艦載水雷艇」なのですが、注目したのはこの部分〜
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厚さ2センチあるかはともかく、その形状から見た瞬間に例の鉄板が思い浮かんだわけですね。 ちなみに艦載水雷艇が置かれていた海軍機関学校は諏訪公園の目の前の横須賀軍港内にあったので、海軍が戦利品の一部として切り取り、軍国教育の一環として緑が丘高校(日露戦争の頃は八幡山小学校)に展示した可能性はあります。

とはいえ、特に何の根拠もなく写真だけ見てパッと思い出しただけなので、謎の鉄板は依然として謎の鉄板のまま…… 展示の際に併設されていたであろう由来を記した銘板か奉納した際の書類か写真でも出てこない限り、今後も謎の鉄板として諏訪公園の片隅に置かれ続けるのでしょう。 個人的にはこれ以上錆びて腐ちないよう、せめて屋根くらい取り付けて欲しいところですが、ただの鉄板じゃそれも無理だろうしなぁ。

謎の鉄板が置かれた諏訪公園の場所は、こちらのGoogleMAPから参照してください。
posted by acj@管理人 at 10:32| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2014年04月15日

TOKYO-MXの画質が劣化した!?

この4月から、TOKYO-MX(MX)が24時間のマルチチャンネル編成となりました。

実はMXは、今までも一部の時間帯でマルチチャンネルの放送は行っていて、これはSD画質2番組の同時放送でした。ちなみに、マルチからシングル放送に切り替える時間に掛かった深夜アニメが、PC等で録画失敗する原因になっていたことは、以前の日記でも書いてましたね。
それが圧縮技術の進歩により、HD画質1番組とSD画質1番組の常時マルチチャンネル放送が可能になったとのこと。おかげで4月からは、以前の日記に書いたような、チャンネル切り替え対策をする必要はなくなったようです。
ただし、これまで1つの帯域にHD画質1番組だった枠内に、SD画質1番組が加わったわけですから、当然HD画質の圧縮比率も変わった訳でして。 それがHD画質劣化の原因になっているのでは?という指摘や推測が、ネット上でも話題になり始めているようです。

この画質劣化が実際どの程度のものなのか……
私が視聴しているMXの番組は、深夜アニメの録画くらいしかありませんが、画質劣化が目に見えてわかるくらい酷いようなら、MX以外で代替できる番組は他局で録画することにして、その前に簡単な比較・検証をしてみることにしました。
ちなみにうちの地域では、TOKYO-MXとTV神奈川(TVK)が視聴出来るので、現在MX・TVKの両方で放送している『魔法科高校の劣等生 第1話』から、スタッフロールに動きの激しいシーンが重なる、エンディングを選んでみました。

録画条件はMX・TVKともケーブルテレビからの配信なので、受信感度による劣化は最小限だと思います。 画像の切り出しは同じソフトを使い、同じ圧縮条件でJpeg保存していますが、元ソースの解像度・ビットレートの差や、画像の投稿時に再圧縮されている可能性もあるため、あくまでも素人が検証した参考程度として御覧ください。

まずは動きのそれほどない1枚絵のシーンから。

01_mx.jpg
MX

01_tvk.jpg
TVK

やはり静止画や動きの少ないシーンは、ぱっと見ただけでは区別がつかないほど違いはわからないですね。

次は透過光。

02_mx.jpg
MX

02_tvk.jpg
TVK

MXのの方は、光の中心から周辺までブロックノイズが強くかかっています。他のサイトでも噂されているように、キラキラと光り輝くような映像は、MXの圧縮技術が苦手とするシーンの1つみたいです。

次は動きのあるシーンで場面の切り替わった直後のシーン。

03_mx.jpg
MX

03_tvk.jpg
TVK

いくつか調べてみましたが、これが最も画質に差が出たシーンです。1フレームずつコマ送りして、切り替わった最初の1コマをキャプチャしたので、もしかするとTVKにも同様の崩れたコマがあるのかもしれませんが、当方では確認出来ませんでした。
ちなみに下のも、動きの激しいシーンで切り替わった最初の1コマをキャプチャしたものですが、こちらは上ほど酷い差にはならず…… シーン切り替えで画面が大きく崩れる条件は、まだよくわからないですね。

05_mx.jpg
MX

05_tvk.jpg
TVK

ちなみに同じ動きの激しいシーンでも。

04_mx.jpg
MX

04_tvk.jpg
TVK

MXの方が若干画像が荒くなってるような感じもしますが、このくらいの差なら私的にはまだ許容範囲内かなぁ。ただ、1コマだけ切り出した静止画だと、それほど違いがないように見えても、同じシーンを動画で見ると素人目にもかなり画質が違ってくるのがわかります。やはりMXの方が、全体的にギザギザした感じに見えます。


以上ざっと検証してみたところ、やはりMXは動きの激しいシーンや透過光を多用するようなシーンで、圧縮の限界に達してしまう敷居値が、他局に比べて(かなり)低くなっているみたいです。そのため、特に爆発やミサイルが乱舞したりするロボットアニメや、動きの激しい格闘アニメなどは、他局で代替が出来る環境なら、なるべくそちらで録画視聴をした方がいいです。
だがしかし、現状TVKは深夜アニメ枠を減らしまくっているので、うちの視聴環境だと画質とか以前に、最初からMXしか選択肢がない作品が殆どなんですけれどね。 それでも画質劣化が気になって仕方がなくなったら、最終的にはBS-11に加入でしょうな。


でもまぁ幸いだったのは、このマルチチャンネル編成が『中二病でも恋がしたい!戀』の放送終了後だったことかな。
posted by acj@管理人 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記