
とある筋からついに入手・・・ ではありません、誤解なさらぬやうにw
涼宮ハルヒの憂鬱もそうですが、何故か公式設定資料集が出ないけいおん!、例によって出てくるのは線画集とか声優メインの公式ガイドブックばかりなり。マニアとしては一番欲しいキャラを正面・横・後ろから描いた公式資料が、何をもったいぶっているのか京アニから出る気配が全くありません。
とはいっても、出ない出ないといつまでも待ってても仕方がないので考えてみました。
出ないなら自分で作ればいいじゃない!
そう、ネットで何でも拾い集めれる今と違い、昔は「なければ作る!」が当たり前だったんですよね。好きなキャラクターの好きなシーンをアニメ誌の写真から拡大トレスして自作セル画にしてみたりと、お金も情報もなかった時代、自分達でなんとかしてみるのは基本だったはず。
というわけで出ないなら作るのコンセプトの元、唯・律・ムギ・澪・梓のメインキャラ5人の設定資料を自作することにしました。 幸いにも自作する際に、ほぼそのままの状態で利用出来る格好の資料が去年徳間から出ていたので、今回はそれを活用することにします。
アニメージュ2009年8月号の設定資料FILEコーナーに、メインキャラクターの表情設定が2枚ずつそのまま掲載されているのです。今回はこれを使うことにして、雑誌をスキャンして名刺サイズ以下の設定画を無理矢理A4サイズまで拡大、400%近くの拡大になるので当然のことながら元の線がガタガタで見れたものじゃなくなりますが、その辺は気にせず5人x2枚で10枚分をさくっと作っていきます。 出来上がった画像はプリンタでA4用紙に打ち出し、その上からコピー用紙を乗せ、トレース台を使ってギザギザな線を補完する感じで線をなぞっていきます。
そうして完成したのが上画像というわけですね。 本来なら動画用紙等に4Bくらいの濃い鉛筆でトレースするのが制作現場風のやり方なのですが、私の腕では鉛筆で均一な線を引くのが難しいので、今回はステッドラーのミリペン0.1mmと0.05mmを使用しています。 コツとしては慎重に描くというよりサッサと流れるように描くこと、多少トレースがずれても見た目ほとんどわからないし、勢いをつけた方がむしろそれっぽく見えます。実際製作現場でも、この手の写し作業に1枚何時間もかけてるはずがありませんから。
さて、こんな感じで表情設定は簡単(でもないのですがw)に作れるのですが、これだけでは全身を描いた設定がなくてイマイチ資料としてしまりません。 おそらく基本の制服で正面・横・後ろと立ち絵を並べた設定があるはずですが、幸い設定資料FILEには制服基本ポーズが前横後と揃っているので、これをメインで使うことにします。 掲載サイズがまちまちなので、画像で取り込んだ後に身長が合うように調整して、あとは同じようにトレースするだけ。
こんな感じに全身ポーズの設定をでっち上げました。 配置フォーマットはBD付録のキャラシートを参考にして、おそらくこうだろうと… あと気をつける点として、アニメージュの資料は制服の腰ポケットが改訂前らしく、梓以外は雨蓋のみの形状になっているので注意しましょう。 よりアニメに近づけたい場合は、ここをポケットそのものの形に修正する必要がありますが、どうせ本物は京アニ関係者しか知らないのだから、それっぽく見えれば特にこだわる必要はないかもしれません。<アニメージュには前の版で資料を渡してるわけですしね。
ちなみに描いてて何が一番難しいかというと、絵よりむしろ女性が書いたと思われるキャラクター名などの書き文字を写すことです。字の癖はその人特有のものですから、おいそれと複写はできないものです。
以上のような作業を大体1週間かけて、メインキャラ5人x3枚の手製キャラクターシートが完成しました。
ここから更に現場資料風に再現度を上げるとしたら、出来たキャラシートをドキュメントスキャンにかけて2値化取り込みで細かいドットを飛ばし、さらにそれをコピー用紙にコピーすれば… ま、まぁ、さすがに自分で使う用でそこまでやる必要はないので、今回はここで終了ですw
というわけで、けいおん!設定資料(偽)制作日記でした。
もし私と同じで、資料が欲しいのに出ない出ないと嘆いてる方がいましたら、一度チャレンジしてみるのも面白いですし絵の練習にもなって一石二鳥ですよ。 アニメ誌・プリンタ・スキャナ等々… 素材と道具は揃っているのですから。
PS:
しかしいつものことですが、資料が欲しくて自作するのはいいものの、完成する頃にはその資料がいらないほど、手が絵を覚えてしまうってのはお約束ですね(笑)
2010年02月12日
けいおん!の設定資料(偽)
2009年05月11日
アニメイト横須賀がオープン
2009年6月20日(土)グランドオープン
でも確か、前にも横須賀へ進出したものの売り上げが芳しくなかったのか、割と短期間で撤退してなかったか? 今の萌えブームに乗っかってリベンジなるか?
その場所は横須賀中央の矢島ビル6Fになるらしいが、なんたる偶然でしょう! 以前書いた記事で、ずばりそこををネタに書いて写真まで撮ってました。 地図のヤジマビルがその場所↓
より大きな地図でヤジマビル周辺を表示
画像の細長いビルで、実は1Fの時計店は戦前〜大正時代には既に営業していた地元の老舗。 建物正面は店舗で上階への入り口は脇にありますが、6階だと道路から店内は覗かれないし、オタとしては地味にこっそり入れてよさげ。 ただし入店時間するによっては途中階の進学塾に通う中高生達と階段・エレベータでバッタリという、大きいお友達にはちょっと恥ずかしいイベントが発生する確率も?
ちなみに脇の道路を少し奥へ歩いた反対側(銀次ビル)にはたちばな書店横須賀店があり、文具の川嶋でコミック用画材、アニメイトでアニメグッズ、たちばな書店で同人誌、少し奥へ歩けばモアーズのゲームセンターと、この通り周辺が横須賀のちょっとしたオタロードになってしまいますな。
しかしヤジマも思い切ったことをするというか… アニメイトを引き入れると、横須賀中央に2店あるヤジマレコードでのアニメCDの売上が大打撃を受けるかもしれないというのに。
次にそれ系の店が進出してくる時も、この周辺のどこかになりそうな予感がするけれど、あと足りないものは何でしょう。オタ御用達の飲食店や自作パーツを含むPCショップ… ハードオフやブックオフは、周辺の商店があおりを受けて壊滅するからもういらないです。
2009年02月27日
いまさら舞夢宣言を振り返ってみる 3
昨年1・2を書いてからかなり間が空いてしまいましたが、久々にこの話題で書いてみたいと思います。
今回は魔女の宅急便の公開により舞夢という作品がなかったことにされるまでに、実際どのくらいまで内容が発表されていたのか、自分の持っている当時の資料から絵中心で検証してみたいと思います。
あの当時、舞夢を劇場公開作品として積極的に紹介していたのは徳間のアニメージュでした。 したがって具体的な製作情報はほとんど同誌から得ることになったのですが、1988年〜89年後半あたりまで大小様々な記事が各号に掲載されています。 個人的にその中では、葛城舞夢が表紙を飾った89年5月号(1に貼った画像)が第一特集を組んでおり、最も内容が充実したものだと思います。 作品のコンセプトやインタビュー記事、その時点で完成していたパイロット版フィルムの引用も多数あり、キャラクター等の具体的なカラー画像も見ることが出来ます。
このパイロット版については、作品がお蔵入りしてしまったため闇に葬られてしまったものの、フジテレビのドラマ内で映像だけの状態で使われたらしいのですが、おそらく現在視聴しようと思っても当時録画したビデオテープ等を持つ人が見つかるかどうかすら厳しく難しいでしょう。
ただ作品の断片は今でもWebに残っており、ごく少数ですが検索するとそのパイロット版で使用されたとおぼしきセル画を展示したサイトや、過去オークション等で販売された画像が見つかることが稀にあります。
パイロット版の色指定表
舞夢・毅・加納の主要キャラクター3人のみ、フィルム自体が主役の舞夢のプロモーションみたいなものだから、舞夢の服デザインだけが豊富に用意されている感じです。 ただ、その服が劇中のどんなシーンで使うつもりだったのかは、今となっては闇の中です。
パイロット版で使用されたセル画や原動画については、基本的に自分がセル関連に興味がないので探索〜収集等していなかったためよくわかりません。 ただ動画?カットについては、つい最近某所からPDFでネットに流出してるのをファイル名一覧で見たことが…あまり詳しく書けませんがW
その他、パイロット版のカラー画像が登場するのは、89年7月号付録の"The Art of 美樹本晴彦"という小冊子などがあります。 稀にこれ単体でオークション等で販売されていることもあります。 その後93年に美樹本氏の画集で"舞・颱夢"というタイトルが発売されていますが、舞夢となにか関係があったかは調査しておらず不明。
次に設定資料、これはアニメージュ89年8月号に素晴らしいキャラクター表情集が掲載されています。 というかこれくらいしかない?
ご覧の通り、設定資料見聞録というコーナーで舞夢が取り上げられており、舞夢の決定稿デザインを3ページに渡って見ることが出来ます。 ライバル作品?である魔女の宅急便の公開が89年7月29日なので、8月号の発売日である7月10日頃は誌面登場の最後期ということになります。 それを踏まえて下欄の美樹本氏のコメントや劇場公開の日付を読むと…
いつまで残ってるかはわかりませんが、過去販売されたオークションページのサンプル画像でちょっとだけ読むことが出来ます。
この記事に使用されたキャラクターデザインは、89.5.31版のキャラクター設定資料から引用されたもので、事実上これが劇場公開版の決定稿になります。 ただし決定稿とはいってもキャラクターは主要3人とメインの小物、序盤に登場するキャラクターしか描かれておらず、おそらく製作が進むに従いページが増えていき版を重ねていく予定だったのでしょう。 しかしこれ以降に何がどこまで追加されたのかは情報が無く不明です。
タイムスタンプを確認すると画像左・中の表情集は2枚の用紙に描かれており、いずれも89年4月20日完成となっています。
残念ながらパイロット版設定を色指定表でしか見たことが無いので細かい違いはわかりませんが、目立つところでは舞夢の髪どめが紐からマスコットになっていたりとデザイン的な差異を見てとれます。 それとキャラクターデザイン変更の経緯は、下段のインタビュー記事でも美樹本氏本人のコメントとして触れられています。
画像右のジーンズ設定は1枚目の設定が5月21日完成、2枚目設定は6月19日完成となっています。

雑誌の編集時間を考慮に入れると5月21日が8月号発売に間に合うタイムリミットだったのでしょう。 その後同じジーンズ設定2枚目が6月19日に追加されますが、こちらの素材は使用されていません。 そして、手元の89.5.31版設定では6月19日以降のタイムスタンプが存在せず、製作中止は少なくとも6月19日以降に決まったというのだけは最低限確認出来ます。
これら残されたキャラクター設定表や色指定表から見る限り、もう少し主要なキャラクターのデザイン画が完成していた可能性もありそうなのですが、それらは結局、決定稿へクリーンナップされる前に製作中止で描かれることなく終わったのかもしれません。 アニメージュ誌上では89年9月号(8月10日頃発売)の時点でも舞夢の記事が掲載されているので、少なくとも6月いっぱいは製作が続けられてたみたいですが、完成前のスケッチやラフ画のような内部資料の類になると、さすがにいまさら市場に出てくることはないと思われます。
追記:
直接記事を見てないので内容不明ですが、どうやら89年11月号(10月10日頃発売)時点でもアニメージュ誌上に舞夢の記事があったようです。 となると、少なくとも2ヶ月延長して8月あたりまでは企画が進行していたことになる?
さて、次回は・・・ やるとしたら久々に絵を描くことになりそうな予感。
2008年06月22日
涼宮ハルヒの設定資料を自作する
涼宮ハルヒの憂鬱
ならば「どうせ出ないのなら作ってしまえ!」というコンセプトで、自らアニメ雑誌等を切り抜いて製作してみることにしました。
素材のメインはアニメージュ付録の設定資料ポスター、その他アニメ雑誌のバックナンバーやWebページの画像など。
元々極端に現場資料の情報が少ない作品なので、ほとんどが想像で切り貼りとなってしまうのですが、

設定資料ポスターのキャラクター全身図を、他の雑誌の資料から身長差と位置を推定しつつパソコン上で作成してみました。 ただこれでは元画がB5以下のサイズと小さいので、A4へ拡大するとどうしても画像のジャギーが目だってしまいます。そこで1つ1つ手作業で、コピーした線画の荒れた部分を手描きで補完していくのですが、元絵を壊さないよういかにそれっぽく見せるかが最大の難点だったりします。
ただ、この設定資料ポスターで難しいのはこの対比図だけで、あとの表情集等はほぼそのまま使えたりします。
ぶっちゃけ個人的にはハルヒ・みくる・長門の3人が揃えば十分なので、10枚ほど最低限の手描き補正を加えてA4サイズの立派な絵描き参考用資料が完成しました。
だが実は・・・
設定資料を作ろうと元絵を何度もなぞったり線修正をしているうちに、もう資料を作る必要がないほど、手が絵を覚えてしまうんだよね。 これってカンニングしようとカンペをシコシコ作ってるうちに、書いてることを覚えてしまい必要がなくなってしまうのと同じな罠。

ヤフオクなどの流出品を除いて、一般ファンが入手出来る、現時点で最良の線画資料だと思います。
↓の付録ポスターです
2008年05月19日
いまさら舞夢宣言を振り返ってみる 2
これは凄い傑作になるっ!と、満を持して長年温めてきた企画を世に出し、アニメ誌を巻き込んで大々的にキャンペーンを張ろうとした矢先・・・ そう、それは突然姿を現したのです。
魔女の宅急便
魔女:主人公の少女が親元を離れて、見ず知らずの町で宅急便の仕事をしながら、魔女として一人立ちする姿を描く。
舞夢:親元を離れ田舎から上京した少女が、都会で便利屋として働くうちに様々な体験をし、成長していく姿を描く。
どうでしょう、まるでしめし合わせたかのような偶然の一致。 しかも両方ホウキに乗るところまで一緒(爆) 両作とも89年に発表されたところまで同じですが、結局魔女の宅急便は夏に劇場公開され、舞夢は永遠に闇へ葬り去られてしまった、その事実だけが残りました。
製作中止の理由は河森氏本人の口から語られたわけではありませんが、状況的に見て明らかにこの魔女の宅急便が影響してることは間違いないでしょう。 インターネットで"舞夢 河森正治"等で検索すると、そのあたりのエピソードもちらほら出てきます。
所詮この業界は先に作ってしまったもの勝ちの世界。89年春の時点でようやく劇場公開の目処が立った進行状況では、おそらくどう急いでも魔女の宅急便に半年は遅れをとったはず。 もしあの時そのまま製作が進められたとしても、どうしても魔女の宅急便と比較されることは避けられません。 おそらく河森氏はそれに耐えることが出来なかったのでしょうね。
ちなみに突然の行方不明以降、舞夢を題材にした本で有名なのといえばこれ。 ていうかこれしか知らない(笑)

CROSSING THE LINE(舞夢本 18禁 執筆:伊藤明弘)
94年の本だから今更なかなか出回らないと思いますが、稀にヤフオクに出ることがあるみたいなので、気長に探してみるのもいいかもしれません。 いわゆる大人の事情ってやつに涙でございます・・・
続く

