2015年01月26日

工作艦「明石」進水式歌

戦前海軍の工作技術の粋を集めたといっても過言ではない、工作艦「明石」が竣工〜進水した際に演奏された進水式の歌を、現代の音声合成技術を使って再現してみました。

工作艦明石の進水式は昭和13年6月29日に佐世保で執り行われたのですが、式典では柿本人麻呂の「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く船をしぞ思ふ」という古歌に曲をつけて、進水式の歌として演奏(合唱?)されたそうです。 進水式歌はその場限りの演奏だったのか、その後レコードなどに録音されたという話もなく、おそらく戦後一度も再演奏されることなく歴史の闇に埋もれていたのでしょう。
今回、混声四部合唱で歌われたという原曲をボーカロイドで復刻するにあたり、当時発行された進水式記念の絵葉書や、「建艦秘話」(庭田尚三・述 船舶技術協会,1965) に残された譜面を手掛かりとしてデータ化しました。 なお、原曲は合唱の他に伴奏のパート譜などがあったのか一切不明なため、ドラムやバスは私の手による付け加えです。


譜面には速度記号でアンダンテ=歩くような速さ〜とあるので、アレンジとしてはもう少しゆったりした感じにした方が良かったのかもしれないですね。
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2015年01月22日

伊勢・榛名の艦歌をボカロで復刻する

去年、たまたま入手した記念写真帖の歌詞カードから戦艦伊勢と、ネット上で紹介されていた戦艦榛名の艦歌をSMFでアレンジしてみたのですが、今年になってからボーカロイドを購入したのをきっかけに、今までやりたくても出来なかった歌詞の再現にも挑戦してみました。

使用したソフトと音源はこちら〜
去年12月に発売されたばかりのボーカロイドの最新版とYAMAHAの音声データ(VY1V4)ですね。 今まで電子音声というのがどうも気になって敬遠していたボカロでしたが、最新版のサンプル音声や投稿されたデータを聴くと、かなりソレっぽい歌声を出すことも可能というのを知り、思い切って買ってしまいました。 
ちなみにCubaseがセットになっているのをボカキューというのですか、普段音楽データはMML形式の打ち込みで作っているから、エディターだけではミキシング等の調整が出来ないと思いボカキューを選択。早速作り溜めてた既存のSMFデータを変換がてら歌わせてみました。

とりあえずSMFでトランペットに割り振っていたトラックを、そのまんまボカロに変換して発声やニュアンスを微調整… じゃなくて調教というのか。 とにかく、初めてボカロってみたのがこちら〜

戦艦榛名 艦歌
ただ聴くならCubase上でオーディオミックスダウンさせたWAVファイルだけで十分ですが、せっかくニコ動やYoutubeにアップするのなら、歌詞をつけようと思い字幕付き動画ファイルにしてみました。 それにしても、まさか今になって以前BDドライブを買った時にバンドルされていたものの、使い道なく放置されていたPowerDirectorをインストールすることになるとは思いもよりませんでした。
なお榛名艦歌については、戦艦榛名 艦歌復元プロジェクト! に、アレンジ元となる譜面や資料が掲載されているので、興味のある方はそちらをご覧になってみてください。

続いて投稿2作目
軍艦伊勢歌 - 鳥取春陽 作
こちらは戦前に発行された「軍艦伊勢記念写真帖」に掲載されていた、歌詞カードの旋律譜を元にして、私の-想像で行進曲風にアレンジ&ボカロの歌声を付けました。 この艦歌自体、おそらく戦後にな-ってからは一度も音源化されていない未発表曲で、金剛艦歌のようにレコードなどで当時-の音盤が残っているのかも不明です。

榛名艦歌に続く2作目ということでボカロの調教が少しは進歩したかな? こちらの歌声はVOCALOID4から実装された2つの歌声ライブラリを合成する「クロスシンセシス」を使い発声の強弱を使い分けた…つもりなのですが、あまり違いがわかりませんね。


というわけで、今年から始めたボカロを使った艦歌や軍歌の再現プロジェクト。 今後も細々と続けて行きたいと思います。

posted by acj@管理人 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事・歴史

2014年12月04日

再利用された旧軍施設(2)

C87の新刊に掲載したネタから…

ゲート0.jpg
米海軍横須賀基地の三笠(ウォンブル)ゲートを入ったすぐ右手に、旧海軍の工機学校正門が今も残っています。
この先にある神奈川歯科大学のキャンパスは、戦後の早い段階で学校用地として返還され、正門を清泉女学院(1962年に移転)の校門としていた時期があったため、接収後取り壊す機会を失ったまま現在まで残ったのでしょう。
さらに元々は間に2本の門柱があったのですが、これらは戦後撤去されてしまったようです。 手元の資料では1951年頃までは残っていたようですが、撤去され今の状態になったのは正確に何年頃なのかはわかりませんでした。

ただ…

この失われた2本の門柱は、今も市内でお寺の門柱として再利用されているらしいという情報が、新刊の資料集めをしてる際に目に留まりまして〜
早速確かめるため現地へ確認に行ってきました。

場所は横須賀市公郷町の曹源寺、門柱は寺の境内に現存しているそうです。

ゲート1.jpg
…というわけで現地に到着、確かにそれらしき門柱が2本!ありました。
参照した資料によると、戦後打ち捨てられ荒廃していた門柱を、寺が引き取ってここに置いたとか… 詳しい来歴はわからないのですが、確かに門柱上部のVのレリーフや煉瓦の模様など、工機学校に残る門柱とデザインがよく似ていますね。
ゲート2.jpg
下の昭和10年前後の門柱と比べると若干デザインが異なっていますし、上部のデザインも違っているのがわかります。ということは上と下では別の門柱なのか? この門柱が昭和10年〜終戦までに交換されていたのかは、残念ながら現時点ではわかりませんでした。
ゲート3.jpg
ただし、明かりを引っ掛けた金具や門扉を取付けたフックの位置は一致しそうなので、戦後ここに移設してから劣化した上部を取り替えたり、門自体を上塗りして補強した可能性もあります。 あるいはそもそも工機学校でなく全く別の場所から持ってきた門なのか…

とりあえず、今回の新刊では資料の通り工機学校の門としましたが、どこの門柱にせよそのデザインや状態から戦前に作られたものであることは間違いなさそうです。
posted by acj@管理人 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事・歴史

2014年09月04日

軍艦伊勢歌

昭和初期に発行された戦艦伊勢の記念アルバムの1ページに、こんな写真が掲載されているのを発見しました。

軍艦伊勢歌.jpg

この手のアルバムで、乗艦の艦歌が掲載されているのはたまに見るのですが、このアルバムには(背景扱いではありますが)完全な状態の旋律譜があるのが特に貴重でして〜。単音ながら譜面があるおかげで、歌詞だけでは決して伝わらなかった、実際の歌声を想像することが可能なのです。
というわけで、実際の写真はもう少し見づらかったのですが、画像加工して見易くした上で音符を1つずつ取り込んでみました。そうして出来たのが↓

画像を見れば分かりますが、譜面には演奏速度やニュアンスが一切書かれていないため、そのあたりは歌詞を口ずさんだり雰囲気を想像して、自分なりの解釈で仕上げるしかありません。
というわけで、画像から拾った基本の旋律が出来たところで、次は艦歌っぽく歌えるような形にならないか単音旋律に肉付け(アレンジ)を施してみました。


軍艦伊勢歌(鳥取春陽 作)
軍艦伊勢歌1.jpg

歌詞が5番まであるので、MIDIデータも5回繰り返すように調整。ただし、同じ曲のループでは単調過ぎて飽きてしまうから、2〜3番と4〜5番の繋ぎで間奏を挿入しています。 勿論これらは私が勝手にイメージして加えたもので、曲調は全体的にテンポよく軽快な感じにしています。

ちなみに、スローテンポで重めな感じにしたのも一応作ったのですが…
出来が気に入らなかったので没となりました。
まぁ…所詮は素人の物好きがノリだけで作ってるわけですから、本職の方が本気で作ればもっと素晴らしい曲を作り上げれると思いますが、私ではこのくらいが限界……

以前、長門應援歌の記事でも書きましたが、こういった戦後伝えられることなく埋もれていった軍歌...... 特に部隊や艦内といった内輪でしか歌わないような曲などは、口伝で譜面すら残されていないものもあり、それこそ膨大な数の楽曲が未だ発見されることなく歴史の闇に埋もれていると思われます。
当ブログでは、今後も旧軍の資料からこれら埋もれた楽曲を探し続けて行きたいと考えておりますが…。 とりあえず次に手を付けるのは、最近3番まで歌詞が発見された、長門應援歌の再投稿でしょうかねぇ?

----- 9/14追記(オマケの榛名艦歌)

休日の午後を利用して、伊勢艦歌のデータフォーマットそのままに、こちらも艦内新聞から最近発見されたという「戦艦榛名の艦歌」を作ってみました。私が作ったMIDI曲は、同じメロディーを単純に1回繰り返してるだけですが、原曲は4番まであるそうです。
アレンジ元となる譜面と歌詞は、こちらのサイト戦艦榛名 艦歌復元プロジェクト!の掲載画像を使わせて頂きました。
榛名艦歌は、すでに有志の方達によってピアノ曲や歌詞付きなど様々なデータが制作されてるので、上記のサイトからリンク先を参照してみてください。 リンク先から金剛や大和の艦歌も聴くことが出来ます。
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posted by acj@管理人 at 20:40| Comment(3) | TrackBack(0) | 軍事・歴史

2014年07月22日

続・萌える艦内新聞

前回の、戦前の艦内新聞には今の萌え絵の元祖的な美人画が沢山!というネタに続いて、今回は艦これのような軍艦擬人化は戦前すでにネタとしてあったというお話です。

愛宕.jpg
こちらが艦これでお馴染みの愛宕さん、そして〜

愛宕新聞1.jpg
これが戦前(昭和9年)の艦内新聞に描かれた愛宕(アタ子)さん。
さすがに艦これのような人間そのままの姿にするという発想には至らなったものの、これは「きかんしゃトーマス」に近い発想でしょうか。愛宕が所属する第2艦隊の短艇競技会に向けて書かれた記事の1コマで、同型艦の高雄(タカ夫)くんをライバル視している様子がよくわかる絵となっています。
なんというか、軍艦を萌え絵にしてゲームのキャラクターにするのは不謹慎かどうかはともかく、当の軍艦の乗組員が嬉々としてこういうイラストを描いて新聞にして配っていたという事実は、もっと知られても良いかもしれません。 ちなみに、このイラストも一部の水兵が悪ふざけで描いたわけでは決してなく、上官にあたる編集長(主計少佐)のチェックを通って発行されている新聞ですからね。少なくとも当時の艦内では、自分の艦の擬人化が不謹慎という風潮はなかったと考えても良いと思います。


次は、同人誌ネタでは定番?のトレパク疑惑。なんとまぁ、まさかこんなネタまで艦内新聞で見つけてしまうとは私も予想外でした。ます下の画像〜

赤城新聞.jpg

元ネタのニュース記事がすでに消えてるので、別のサイトから画像だけ引用しましたが、4年ほど前に空母「赤城」の艦内新聞見つかる 戦況記事に並び娯楽もというニュースがasahi.comに掲載された際、確かこの画像が貼られていたと記憶しています。
これは昭和6年の赤城新聞の一部なのですが、手前の籐製の椅子に腰掛ける少女のイラストをなんとなく憶えていまして〜 すると……

愛宕新聞2.jpg

今回入手した愛宕新聞に、椅子に腰掛けるそっくりな少女のイラストが〜 (笑)
赤城新聞が昭和6年で愛宕新聞が昭和9年ということで、より古い方を元ネタとすれば下の愛宕版が模写した可能性が出てくるわけですが…… パクった方がパクられた方より絵が稚拙っぽく見えるところも、トレパク疑惑ネタではありがちなパターンw
果たして愛宕新聞の絵師が赤城新聞の絵を知っていたのか? 模写したのか? それともどちらの絵も当時の少女雑誌みたいな元ネタがあって、その中の挿絵を模写しただけなのか?
考えられるパターンは幾つかありますが、元ネタのイラストが掲載された本でも見つからない限り、80年後の私達が絵から真相を解明することはまず不可能でしょうね。

以上、今回は続編として今の同人誌にも繋がるような擬人化とトレパク疑惑のネタを艦内新聞からピックアップしてみました。
posted by acj@管理人 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事・歴史