2016年08月28日

C90終わってたorz

もはや事前告知すらもしなくなった当ブログですが・・・・・・
うちのサークルが唯一参加してる即売会、コミックマーケット90ですが、今夏も3日目の8/14に無事新刊を頒布することが出来ました。

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今回の新刊は「三浦半島の軍事施設」の第2巻で、前巻で1コーナーとして掲載した終戦直後の追浜飛行場を、新たに写真数十枚を加えて独立した巻として作りました。 実は今回の新刊は、さすがにこの内容は人を選ぶであろうと予想していたので、いつもより部数を(かなり)絞って刷ったのですが、その結果は・・・・・・ ん、まぁ大体予想通りだったかな?

というわけで、C90新刊「三浦半島の軍事施設2」は無事C90で頒布することが出来ましたが、当日会場に来られなかった方のために虎の穴へ若干数委託したので、もし興味がありましたら下の表紙画像をクリックしてやってください(虎の通販ページへリンクしています)

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さらに僅かですが、2巻の通販にあわせて1巻も虎の穴に追加委託したので、よろしかったらこちらも参照してみてください。

おまけ : C90の戦利品(右)
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今回は久しぶりの売り子なし一人参加だったので途中で買い物にも行けず、気がつくと開場前に買ったペットボトルくらいしか購入してなかったというオチ。
posted by acj@管理人 at 21:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 同人活動

2016年07月05日

錦旗奉じて比叡をうたう

ニコ動への投稿は1年半振りになるでしょうか。C90原稿作業に入る前の6月、唐突に2曲の艦歌を作って投稿してみました。


まず最初に、この曲は日本海軍の軍歌(艦歌)ではありません。と、一応お断りを入れておきます。
事の始まりは、ネットで1936年度発行の軍艦比叡写真帖に歌詞のみが掲載された軍艦比叡の歌を見つけたのがきっかけで、これをどうにか歌えるようにしてみようと考えたのが今年に入ってから…… そして歌詞を見ると、なぜか有名な「海ゆかば」の詞が丸ごと入っているため、それなら「海ゆかば(信時潔:作曲)」の旋律を流用してみようと思いついたのが5月に入ったあたりだったか。最終的に「海ゆかば」の前半旋律を借用して、それに合わせる形で繋ぎのメロディを作り、ボーカロイドで歌える形に整えたらこうなったわけですね。
ただ、ご存知のように「海ゆかば」の曲が発表されたのは1937年。歌詞の方が1年ほど早く発表されたことになるので、未発見の原曲は全く別の旋律で歌われていたと思われます。なのでこれはあくまでも独自解釈のアレンジ曲ということでご了承ください。

最後に、吉田俊雄海軍中尉が作詞した歌詞の出典元は「帝国海軍調べ隊!戦艦比叡の艦歌っぽいのを見つけた」にて公開されています。


そして、次は本物の艦歌です。


練習艦隊時代(昭和10年代)の写真帖に掲載された「練習艦隊軍艦八雲の歌」の歌詞と楽譜を元に、ボーカロイド歌唱の復刻演奏にチャレンジしてみました。こちらは幸いにも歌詞の他に旋律譜があったので、それを忠実に再現しつつ当方のアレンジでブラスセクションの肉付けを施しました。曲全体の構成や最後のトランペット(ラッパ)等は私のアレンジ&付け加えですが、こちらは比叡の歌と違って元の旋律が判明してるので、そう外れたアレンジにはなっていないと思います。

なお、原型となる楽譜と歌詞は「比叡の歌」と同じサイトの「軍艦 浅間・八雲 艦歌復元プロジェクト!」で公開されています。
posted by acj@管理人 at 21:32| Comment(5) | TrackBack(0) | 軍事・歴史

2016年04月24日

忘れられた案内板

横須賀日の出町のとある場所……

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歩道に沿って並ぶ色とりどりの看板。
普段何気なく通っていると気が付きにくいかもしれないが、ちょっとだけ周囲を意識して見渡すと、それが視界に入ってくるかもしれない。

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周囲の看板やノボリとは明らかに違う、旅館と寿司屋の案内板。
長いこと放置され年季の入ったその風貌。支柱は錆びて傾き、かつて電柱から供給されていたであろう電線も切れ、かなり以前に電飾看板としての役目を終えたのだろう。

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実際、矢印の指す方向の路地を辿ってもひっそりとした住宅街が続くだけで、旅館ハトヤや笹寿しはどこにも見当たらない。

後日ちょっと気になって調べたところ、旅館ハトヤは路地の右手の電柱あたりに、少なくとも昭和30年代から存在していたことがわかった。そして旅館の建物自体、おおよそ5〜6年前まで残っていたらしい。旅館跡地に建てられた住宅が比較的新しいのもそれを物語っている。

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路地をもう少し奥まで歩くと、消えた笹寿しと入れ替わり……というわけではないだろうが、最近の幕末歴史ブームにあやかったような店名の焼鳥屋が営業していたのが印象的だった。

というわけでこの案内板、数年前に旅館と寿司屋が廃業した際になぜか撤去されず、今に至るまでそのまま残ってしまったようである。おそらく支柱が道路側にあるため、その後も民間で勝手に撤去出来なかったのかもしれない。

その、色褪せ周囲から浮いた姿は、かつて昭和の時代からの置き土産みたいに見えるのは私だけだろうか……

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そして今日も、案内板は存在しない店を指し続ける……



posted by acj@管理人 at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記