2016年04月24日

忘れられた案内板

横須賀日の出町のとある場所……

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歩道に沿って並ぶ色とりどりの看板。
普段何気なく通っていると気が付きにくいかもしれないが、ちょっとだけ周囲を意識して見渡すと、それが視界に入ってくるかもしれない。

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周囲の看板やノボリとは明らかに違う、旅館と寿司屋の案内板。
長いこと放置され年季の入ったその風貌。支柱は錆びて傾き、かつて電柱から供給されていたであろう電線も切れ、かなり以前に電飾看板としての役目を終えたのだろう。

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実際、矢印の指す方向の路地を辿ってもひっそりとした住宅街が続くだけで、旅館ハトヤや笹寿しはどこにも見当たらない。

後日ちょっと気になって調べたところ、旅館ハトヤは路地の右手の電柱あたりに、少なくとも昭和30年代から存在していたことがわかった。そして旅館の建物自体、おおよそ5〜6年前まで残っていたらしい。旅館跡地に建てられた住宅が比較的新しいのもそれを物語っている。

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路地をもう少し奥まで歩くと、消えた笹寿しと入れ替わり……というわけではないだろうが、最近の幕末歴史ブームにあやかったような店名の焼鳥屋が営業していたのが印象的だった。

というわけでこの案内板、数年前に旅館と寿司屋が廃業した際になぜか撤去されず、今に至るまでそのまま残ってしまったようである。おそらく支柱が道路側にあるため、その後も民間で勝手に撤去出来なかったのかもしれない。

その、色褪せ周囲から浮いた姿は、かつて昭和の時代からの置き土産みたいに見えるのは私だけだろうか……

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そして今日も、案内板は存在しない店を指し続ける……



posted by acj@管理人 at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年04月18日

PCゲームで戦車道を嗜む

ゲームカテゴリでの投稿なんて何年振りだろうか。

去年の11月頃から、Steamで基本プレイ無料ということで気軽に始めてみたPC戦車ゲームWarThunderですが、これが意外と面白く私にしては長続きして、かれこれ半年近くプレイし続けていたりします。そして今月に入って、ついに課金してゲーム内通貨まで買ってしまったりと、まだしばらくはWTの戦車道から抜けられそうにありませんね。

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で、そのゲーム内通貨で購入したランク2のIII号戦車N型が最近のお気に入り。
史実でN型が登場した1942年後半から43年にかけては、主力戦車の座がIII号戦車からIV号戦車へと移りつつあり、この戦車も余剰の短砲身75mmを積んだ火力支援の役割を担ったわけですが、ゲーム内では登場年代関係なく戦闘力でランク分けされるため、装備してる75mmHEAT(成形炸薬弾)が初期の軽・中戦車を相手に無類の強さを発揮してくれます。
なにしろこのHEATは、距離に関係なく100mの装甲を貫通するので、ランク1〜2で最も手強いソ連のT-34/76を正面から撃破可能なのが頼もしいですね。

とまぁ他にも色々と書きたいのですが、ぶっちゃけ日記で文章にしても、面白さはイマイチ伝わってこないと思うので、とりあえず日本語でゲームを紹介しているWarThunder Japanese Wiki、あるいはWarThunderでYoutubeやニコ動を検索してゲーム実況動画を見てみることをお勧めします。
そして私からもIII号戦車N型を使ったアーケードモードでのプレイ動画を〜


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上の動画は、接近戦でIII号N型の性能を活かした動画を撮ろうとしたのに、カレリア峡谷マップに飛ばされれてしまったorz
このマップのアーケードモードは、峡谷の上下挟んで敵味方が延々と砲撃戦というグダグダプレイになりがちなので、今回は思い切って突撃かましてみました。 交戦距離が短いので適当に狙いをつけてHEATを撃ちこんでますが、通常のドイツ戦車プレイは戦場の後方から照準モードにして遠距離狙撃が基本です(突撃はソ連戦車にやらせれば良いのです)


というわけで、なんかゲーム紹介にもなっていないチラシの裏っぽい日記になってしまいましたが、今夜はこのへんで〜
posted by acj@管理人 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム

2016年03月11日

横須賀の今と昔(14) 新日本風土記「横須賀」放映記念

継続は力なりと言いますが今年で8年目、もはやライフワークとなった感もある、横須賀市内の今と昔の場所を撮影して記録する作業ですが、すでに撮影場所は100箇所を超えてなお、今も月ペースで増え続けていたりします。

今回は最近撮った写真の中からその一部を、新日本風土記「横須賀」放映記念ということで、上下分割した今昔写真に加工してみました。
上が現在で下がおおよそ1950年代前半です。

横須賀今昔写真

割合的には、やはり当時の米兵が数多く撮影した朝鮮戦争期のドブ板通りが中心になりますね。当時カラー写真は、個人だと米軍兵士くらいしか撮影できなかったので、被写体が彼らがよく行った歓楽街や酒場などに偏ってしまいがちなのは仕方ありません。
ちなみに彼らが勤務していた軍港や米軍基地内については、ある程度の形にして当サークルの同人誌で発表済みだったりしますが、基地内の今の写真を撮るのが難しいため、ライブラリ化はなかなか進まないのが現状ですね。

横須賀今昔写真

ローズ商会は今も営業している店舗ですし、周辺の建物自体も割と当時のまま残っているので、まだそこまで劇的に変化したようには見えないでしょうか。

横須賀今昔写真

逆に劇的に変化したのは汐入駅前ですね。このあたりは1990年代の大規模再開発で旧EMクラブが取り壊され芸術劇場やショッパーズが建てられたりと、古い建物が軒並み姿を消したので、もはや写真の中にしか昭和の風景は残されていません。
この写真も、奥に見える店の窓と京急線のトンネルが写っていなければ、正確な位置が特定出来なかったと思います。

横須賀今昔写真

ショッパーズ駐車場出入口前から汐入駅方向を撮影。中央の奥に市民会館が健在なので、年配の方が見ると懐かしくなる光景かもしれないです。右端の古い店舗は、現在も銃砲店として健在ですが、その右横の旅館新井閣は取り壊されて今はガストの入ったビルになっています。

横須賀今昔写真

最後に懐かしいさいか屋の2代目ビル、右の三笠通りアーケードが完成する前の時代の撮影です。現在さいか屋の跡地は駐車場となり、奥にはタワーマンションが2棟と、ここも半世紀で景色がだいぶ変わった場所のひとつですね。


というわけで、ちょっとだけでしたが横須賀市内今昔写真はいかがだったでしょうか。
実はこれら画像のように、上下に今と昔の写真を並べて1ページにしたのを集めて、いつかサークルで同人誌にしてもいいかなと思っているのですが、なかなか実現までの道程は遠く……これら集めた写真が活用されるのはもう少し先のことになりそうです。

posted by acj@管理人 at 10:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 横須賀の歴史